記憶の底に 第6話 |
どうするべきか。 一時治まっていたルルーシュの症状は明らかに悪化していた。 スザク、シャーリー、リヴァル、ミレイだけなら問題ないが、ロロとジノが視界に入ると、狂ったように水を口にした。 何度も何度も取り上げ、説得する事を繰り返す。 このままでは駄目だ。 ロロと二人の時は、どうやらロロが水を取り上げるらしく、最悪の事態はどうにか回避できてはいるが、何時その最悪が起きてもおかしくない状態だった。 もう見ているのは限界だと、先日ミレイがルルーシュを連れて有名な医者のいる病院へ行ったのだが、問題無しで片付けられてしまった。 当然だ。皇帝の手が回っているのだから、回答は決まっている。 医者にそう言われればミレイ達にはお手上げで、ルルーシュから水を取り上げるという行動しか取れなかった。 どうしたらいいんだろう?どうすれば水を減らするのだろう? 悩んで悩んで、人生でこんなに悩んだのは初めてだというぐらい何日もの間悩んでいたスザクは、ある光景を見てブチ切れた。 「痛いな!何するんだスザク!」 「何するんだじゃないだろうジノ。水を飲み過ぎて体調を壊しているルルーシュに何を渡しているんだ!」 捻り上げたその手に持っているのはペットボトル。 「何って見ての通り水だが?ルルーシュは喉が渇くっていうんだから、水を渡して何が悪いんだ?」 不愉快そうに眉を寄せ、ジノはそう言った。 ここは生徒会室。 遅れてやってきたジノが来て挨拶を交わした後、ルルーシュはペットボトルに手を伸ばした。これはもう日常の光景。 今日はまだ1本目だから大丈夫だと、スザク達が心配そうな表情で見つめる中、煽る様にそれを飲み終えた時、ジノが手に持っていた段ボールを床に置いてから開封した。 それは、有名メーカーの水がつめ込まれたダンボール。 なんでそんなものを?と、皆が驚いている間に、ジノは「ルルーシュ、これを飲んでくれ」と、1本手渡したのだ。 その姿に、スザクは反射的に立ちあがると、ジノの手を捻り上げていた。 「水を取り上げるなら解るけど、渡すってどういう事?」 普段のスザクからは考えられない低い声で、ジノに問いただす。 「どうせ飲むなら、体にいい水のほうがいいじゃないか。これはブリタニアでも有名な高級天然水なんだ」 わざわざ取り寄せたんだぞ。 脳天気なその言葉に、ぶちぶちと音を立てて色々なものがブチ切れた気がした。 「こんな量を飲んでる時点で、体に良い水なんてものに意味は無い。水も飲み過ぎれば毒なんだってわかってるのか、ジノ」 「それは知っているけど、ルルーシュはいつもたくさん飲んでるから、それなら少しでもいい水を、と思うじゃないか」 「そんな気を回すなら、飲むリュを減らす方法を考えるべきだ」 スザクにそう言われ、ジノは不愉快だという様に眉を寄せた。 「スザク、ルルーシュの事は幼馴染の私が一番よく知っているんだ。余計な口を出さないでくれないか」 幼なじみ。 その言葉に、一瞬動揺してしまう。 「・・・っそんな事、今関係ないだろう!」 「関係あるさ。スザクは最近ルルーシュに世話を焼き過ぎじゃないか?ルルーシュの事は私が見るから、スザクは余計な事はしないでくれ」 掴まれていた腕を引きはがし、まるで敵を見るような目でジノはスザクを睨みつけ、そう言った。 「余計な事?」 そう言われて、最後の糸がブツリと音を立てて切れる音がした。 幼馴染で親友。 それは元々僕の物だ。 その親友の体調を気遣う事も無く、親友と言う言葉の上に胡坐をかき、ルルーシュは自分のものだという独占欲丸出しでこちらを威嚇するな。 書き換えられた記憶でそう思い込んでいるだけの相手に、これ以上言わせるつもりはないと、スザクもまたジノを睨みつけた。 ブリタニアに国を矜持を自由を名前を奪われた。 そして今、幼なじみで親友でもあるルルーシュを奪われている。 一体どれだけ僕から奪えば気が済むんだ。 だが、もういい。 限界だ。 それは、それだけは返してもらう。 奪われたものが目の前にあるのに、指をくわえてみているのはもうやめた。 例え彼に記憶が無くても、その場所は僕の物だから。 今はもう敵で、恨み恨まれる関係ではあるが、それはこの際どうでもいい。 また後で考えればいい話だ。 今大事なのは、幼馴染で親友というその立ち位置。 そう、これから先もジノが親友であり続けなければいけない理由など無いのだから。 スザクはスッと目を細めた。 ルルーシュの親友と言う座をスザクからジノに移した理由、それはそもそもブリタニア人であるルルーシュとイレブンであり最後の首相の息子スザクが友人だという記憶から、過去を呼び覚ましかねないと判断されたからだ。 何せ二人は障害を持つナナリーと共に、短いが濃密な幼少期を過ごした。 それらの記憶から、健常者であるロロに対して疑念を抱く恐れがあった。 その上、1年前にスザクはC.C.を何度も目撃しており、その場にルルーシュ、あるいはゼロが居たこともある。 ルルーシュの記憶改竄にとって親友のスザクという存在は危険だった。 そこで、偽りの弟であるロロと同様偽りの親友を用意したのだ。 スザクと同じく軍属で、年齢も近い男子。 皇帝に忠実で行動にある程度自由のある者。 その適任者としてジノが選ばれた。 だから、スザクにとってジノは唯の代用品。 それ以上の価値はないのだ。 ・・・引きずり下ろすよ、その場所から。 宣戦布告とも取れる視線を受け、ジノも負けじとスザクを睨みつけた。 ラウンズの二人が睨み合い、対峙している緊迫した空気の中、リヴァルがおずおずと手を挙げながら「ちょっといいかな?」と、顔をひきつらせながら聞いてきたため、スザクとジノは目を眇めたままリヴァルを見た。 帝国最強の騎士二人に睨まれ、リヴァルは思わずごくりと唾を飲み込んだが、先ほどのジノの発言で気になる事があり、勇気を振り絞って口を開いた。 「あーえーとな?ジノにちょーっと聞きたいいんだけどさ、ルルーシュって昔からこんなに飲んでたわけ?」 ルルーシュはいつもたくさん飲んでるから。 ジノは平然とそう口にした。 リヴァル達から見れば1年ほど前から始まった奇行だ。ジノの目からも異常と映っていいはずなのに、良く考えたらジノはいつも率先してルルーシュに水を渡していた。 それが気になったのだ。 「ああ、昔から凄く飲んでた」 今もこれだけ飲んでいるんだから、当然じゃないか。 当たり前のようにジノが答え、僕たちは唖然とした。 記憶改竄の影響で、ジノの中ではルルーシュの普段の行動は、幼いころからの物だと思い込んでいたのだ。 子供のころからこうだったのだから、今更心配する事ではない。 その返答は、リヴァル達に大きな疑念を抱かせた。 「ほんとかよ!?少なくてもあんなに飲むようになったのは最近だぜ!?」 「そんなはずは無い。ルルーシュは昔からたくさん水を飲んでいたんだ。そうだろう、ルルーシュ・・・・あれ?」 ジノがそう言いながらルルーシュが座っていた席を見ると、そこにルルーシュの姿は無かった。生徒会室内を見回すが、いつの間にかその姿が無い。 スザクはハッとなり、ジノが床に置いた段ボールを開くと、新品だったはずのその箱の中から何本かペットボトルが抜き取られていた。 「大変だ」 スザクはさっと顔いろを変え、慌てて生徒会室を飛び出した。 無くなっていたのは、ジノが出した1本を除いて5本、2.5リットル分だ。 急ぎルルーシュの部屋に向かうが、部屋に鍵はかかっておらず、すんなり開いたが中には誰も居なかった。 「スザク、ルルーシュ居たか!?」 リヴァルが後ろからやってきたが、僕は首を横に振った。 今のルルーシュの体調であの量は拙い。 「俺、外見てくる!」 そう言うと、顔色を変えたリヴァルは大急ぎで階段を駆け下りた。 「何そんなに慌てているんだ皆。ルルーシュが5本一気に飲むなんて珍しくないだろう」 いつもの事なんだからと、平然と口にするジノに苛立ち、僕はジノの胸倉をつかみ上げようとしたが、その前に素早く手が上がりジノの頬を平手打ちにした人物がいた。 そこには、怒りを露わにしたシャーリーがいた。目には不安から涙が浮かんでいる。 予想外の人物から受けた平手打ちに、ジノは口をあんぐりと開けてシャーリーを見た。 「ジノ君。ルルはね、私たちと教室に居る時殆ど水飲まないんだよ。ルルが水を飲み始めたのは1年ほど前から。この1年でルル、5kgも体重落ちたんだよ!?親友なら、ルルの顔色が真っ青で、具合悪そうにしているのもちゃんと見てよ!目の前で飲んでたら止めてよ!ルル、死んじゃうよ!!」 「シャーリー・・・」 叩かれた頬に手を当て茫然としているジノの横を通り抜け、シャーリーも「私も外、探してくるね」と、リヴァルを追ってクラブハウスを後にした。 外・・・外か。隠れて飲むなら部屋より外・・・なんだろうか。 僕が、僕たちが探さない場所なんじゃ? そう考えた時、誰かが走ってくる音が聞こえた。ルルーシュが見つかったのか? そう思い開け放たれたクラブハウスの扉へ視線を向けると、息を切らせ、一人の人物が駆けこんできた。 「・・・C.C.!!」 そう、それは新緑の髪を持つ魔女、ルルーシュの、ゼロの共犯者C.C.だった。 C.C.はスザクの言葉に一瞬視線をこちらに向けたが、興味は無いとでもいう様に奥へ駆けだしていた。 「待て!C.C.!」 捕獲対象である彼女を逃がすわけにはいかない。 彼女の捕獲はルルーシュの役目が終わる事を示しており、その後ルルーシュがどのように扱われるか解らなかった。もう用済みだと処刑される可能性もあるのだ。 捕まえなければ、だが捕まえたら。 そんな思考に囚われながらスザクはクラブハウス内の廊下を走るC.C.を追っていくと、彼女は迷うことなく一つの部屋の扉を開けた。 「見つけたぞこの馬鹿が!こんな下らない事で死ぬつもりか!吐け!吐くんだ!!」 室内に入るとほぼ同時に彼女は怒鳴りつけた。 そこにルルーシュがいるのか!? 慌てて中に入るとそこはシャワールーム。 僕も何度か使った事がある場所だった。 そのシャワールームの洗面台の前に、ルルーシュはいた。 その足元には空になったペットボトル。 洗面台の水は開かれ、勢いよく水が流れており、ルルーシュの手は濡れていた。もしかしたらこの水も手ですくい、口にしていたのかもしれない。となったら一体どれだけの量を飲んだんだ!? 「立てルルーシュ!」 C.C.は、座り込んでいるルルーシュを立ち上がらせようとしたが、やはりそこは女性。 痩身とはいえ男性を立ち上がらせるのは容易ではないようだ。 室内に入った僕に気がついたC.C.は鋭い舌打ちをした。 「見てないで手伝え!早く水を吐き出させるんだ!死ぬぞ!」 その言葉に、僕はルルーシュに駆け寄ると、その体を抱き起した。 重い。 その重さに、僕は眉を寄せた。 彼の本来の重さではない。 一体どれだけの水がこの体に!? C.C.は出っぱなしだった蛇口を閉め、ルルーシュの頭を押さえつけ、洗面台へ向けさせると、その指を彼の喉の奥へ差し込み、無理やり嘔吐させた。 「吐け!全部吐くんだ!」 彼の口から出てくる水の量は想像をはるかに超えており、この体のどこにこれだけの量が入っていたんだと、僕は愕然とした。 |